ポセイドン

なでしこジャパンが昨年6月、ドイツで開催された女子サッカー世界選手権大会で、「奇跡の優勝」を果たしことに、日本中が沸き立ちました。私はその日、たまたま岩手県の東日本大震災被災地に行っておりましたが、みなさんが何よりも「元気をもらった」ようでした。それまでマイナーだった女子サッカーがいっぺんに、ブームのようになりました。

オリンピックもまた時々、それまで関心を引かなかった意外な競技に突然、人々の目を挽き付けることがあります。私にとっては東京オリンピック(1964)年の重量挙げがそうでした。特に、キンメダリストの三宅義信と巨漢ジャボチンスキーが魅力的だった。そして、あの競技があんなにも精神的な要素が大きいということをそのときに知りました。ベーベルを前に行ったりきたりしながら精神統一を図るのです。

2008年の北京オリンピックで、フェンシングの太田雄貴選手が男子フルーレ個人に出場し、銀メダルを勝ち取ったとき、上野投手らの活躍で金メダルに輝いた女子ソフトボールもそんな感じでした。日本人選手初の決勝戦へ進出でした。決勝ではドイツのベンヤミン・クライブリンクと対戦し9-15で敗れましたが、日本中がテレビの前で興奮したのではないでしょうか。日本フェンシング史上初の五輪メダルである銀メダルであり、それまでは、日本は、1896年の第1回アテネ五輪で正式競技に採用された8競技の中で、唯一五輪メダルを獲得していない競技だったのですが、これで「陽の目」を見、ロンドン大会も楽しみになりました。

冬季オリンピックではカーリングでしたね。1998年の長野オリンピックでの男子チームスキップ敦賀信人が健闘、2002年のソルトレイクシティオリンピックへの出場がテレビで中継されるなどして、カーリングへの関心は徐々に高まり、2006年のトリノオリンピックでチーム青森の活躍が7位入賞という結果を生んだことでカーリングの認知度が一挙に高まりました。どなたとは申しませんが、美形の選手が、われら日本男子をしての注目度を一挙に上げたという「俗説」もあるようです。

ですから2010年のバンクーバー冬季五輪では残念ながら一予選で敗退し、8位という成績でしたが、それでも、カーリングの認知度は10年前とは比較できない高まりぶりでしょう。よくルールを知らないまま、テレビ中継を見る私のようなおじさんもほかにもいるようですから。


青柳 観選手

今年7月27日に開幕されるロンドンオリンピックに水球(water polo)の日本チーム「ポセイドン」の出場なるかが今、大いに注目されています。「アジアで一位」が目前に迫っています。青柳 観主将がテレビ・インタビューに応えていました。「これまでのどの日本チームより、実力がある」。「水中の格闘技」、大いに期待しましょう。10キロの円盤を掲げて立ち泳ぎするなどという、想像もできないような練習には驚嘆させられました。

記録によると、夏季オリンピックでバルバドスが獲得したメダルは、2000年シドニーオリンピック陸上競技男子100メートルでオバデレ・トンプソンが獲得した銅メダル1個だけです。もっとも、これよりさき、1960年ローマオリンピックの陸上競技男子4×400mリレーでジョージ・カーらとともにバルバドス出身のジェームズ・ウェダーバーンが銅メダルを獲得しましたが、IOC(国際オリンピック委員会)では,今のジャマイカやトリニダート・トバゴなどの選手とともに「西インド連邦選手」の扱いとなっていました。

お待たせしました。ようやく国旗の話です。

国旗で、ポセイドンといえば、カリブ海の西インド諸島中、最も東に位置する島国・バルバドスです。日本の淡路島を裏返しにしたような形という島国で、431㎢という面積は種子島より少し小さく、それでいて人口26万余のれっきとした独立国です。1536年にポルトガル人が来島してから、ヨーロッパに知られるようになりました。国名であるバルバドスは、ポルトガル語の「ひげ」に由来しています。上陸したポルトガル人が、この島がイチジクに覆われている様子を見て、「ひげに覆われている顔」を想像したことから来たものと伝わっています。

1627年以来、イギリス領となり、1961年に大幅な自治権を獲得し、独立したのは1966年のことでした。国旗の黄色は国土を表わし、両側の青はこの国を囲む大西洋とカリブ海を表わしています。

中央の三叉(トライデント)の模様は、イギリス統治下の旗にあった紋章の一部で、ギリシャ神話のポセイドン(ローマ神話のネプチューン)が持つ鉾。イギリス統治時代の紋章には、ポセイドンが鉾を持つ姿そのものが描かれていました。

私はポセイドンというと2006年に公開されたハリウッド映画『ポセイドン』(POSEIDON)を思い出します。

1972年の『ポセイドン・アドベンチャー』をリメイクしたものですが特撮技術では表現不可能だった部分がリメイクではCG(第27回ゴールデンラズベリー賞の最低リメイク賞にもノミネート)によりうまく表現されているという批評家の見方でしたが、「人間的な姿を描いた部分が削除された」との批判もあって、いまひとつ、評判は上がりませんでした。

ストーリーは、大晦日の夜、豪華客船「ポセイドン号」では盛大な越年パーティーが行われていたのですが、新年を迎えた直後、突如現れた異常波浪に襲われ、転覆してしまうというお話です。古くは、1921年4月、サザンプトンからニューヨークに向う処女航海で氷山に接触して沈没、1500人もの死者を出すという「タイタニック号」の悲劇を思い出し、また、この1月に地中海のトスカーナ沖で転覆し、13人の死者と多数の負傷・行方不明者を出したコスタ・コンクルディア号のことを思いだしてしまいますが、この映画も基本的な設定は同じようなものでした。

ところで、国旗を理解するためにも、ギリシャ神話の海神ポセイドンのいわれについて触れておかなくてはいけません。いくつかの資料によれば、ポセイドンは神々のいささかややこしい争いの中から、ゼウスの力によって、海神となったものです。

ポセンドンに関わるお話はざっとこんなあらすじです。

創世記、カオス(混沌)から女神ガイアが生まれ天地が創造されました。ガイアは、ウラノス(天の神)、ポントス(海の神)、エレボス(暗黒の神)、エロス(愛の神)の4人の子を産みます。その後、ガイアはわが子である天の神ウラノスと結婚し、これによってウラノスは神々の王となります。そしてこの二人の間に、男女6人ずつの子供が産まれ、いずれも大きく、力の強い神々で巨神(タイタン)と呼ばれるようになります。

しかし、神々の王ウラノスは、子供たちを嫌い、全ての子供たちを大地の穴の中へと押し込めてしまいます。ウラノスの横暴に、ガイアは悲しみ、ガイアは鉄の大鎌を末っ子クロノスに与え、クロノスがガイアから受け取った大鎌で、なんと就寝中のウラノスの男根を切り落としてしまいます。これを恥じたウラノスはガイアのもとから去ります。

後を継いだクロノスは王座を守り抜くと決意するのですが、父のしかける同じような報復を恐れ、妻レアとの間にできた子5人(ヘスチア、デメテル、ヘラ、ハデス、そしてポセイドン)を飲み込んでしまいました。レアは、悲しみに沈むとともに、次に産まれる子供を育て、復讐を図ろうとしました。

レアは遠くクレタ島に去り、隠れて主産し、その子を洞窟に隠しました。その後、レアはクロノスに、生まれた赤ん坊(ゼウス)だといって産着にくるんだ石を渡します。クロノスは疑いもせず、その石を飲み込みます。この後、クロノスはますます横暴になり、ほかのタイタンたちと世界を荒らしまわるばかりでした。

一方、危機一髪だった赤子ゼウスは、ニンフ(妖精)たちに養育され、山羊の乳と蜂密で逞しい男に成長します。ゼウスは女神メティスに依頼し、飲み込まれた兄弟たちをクロノスから吐き出させて助け出します。兄弟たちはオリンポス山に立てこもり、クロノスとの戦いが開始されます。クロノスも兄弟であるタイタンたちとオッサ山に立てこもり、戦います。戦は10年の長きに亘りました。

しかし全ての母であるガイアは、クロノスの横暴に見かねていたので、ゼウスたちに新たな助け舟を出し、これによってクロノスは敗れ、闇の世界タルタロスに閉じこめられます。タルタロスの城門には大きな鉄の扉がはめ込まれました。

ゼウスは自分が天を、ポセイドンは海を、ハデスは地下の世界を治めることとし、大地はみなの物としました。

こうして、世界を荒らし回ったクロノスの時代は終わり、オリンポスの神々の時代となったのです。

バルバドスはその海の神ポセイドンが建てた国であるとの伝説があるのです。

さてはて、長くなりましたが、ポセンドンの神様、なんとか日本最強の水球チーム・ポセイドンをロンドンオリンピックに出場させてくださいね。

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