私は声楽家でNHK「歌のおばさん」として長いこと親しまれた松田トシ先生の最後の弟子です。今、NHK愛宕山の放送センターで、先生に関する特別展が開かれています。どうぞお越しになってください。
その松田先生は昨年12月、96歳で逝去されましたが、その1年半ほど前、私への最後申し付けは「次のレッスンの曲は本居長世の『白月』(三木露風作詞)よ。お勉強してらっしゃいね」でした。
ですから、私にとってこの曲は特別なのです。短い曲なのですが、2オクターブに近い音域を上下するのは素人にとっては無理難題なのです。そんなわけで怠けていましたが、きょうから挑戦することにしました。まず、準備体操、呼吸、姿勢、発声です。そしてメロディ-を暗記し、ピアノ譜を覚え、詩を暗誦するわけです。
白 月
照る月の 影みちて
雁がねの さおも見えずよ
わが思う 果(はて)もしらずよ
ただ白し 秋の月夜は吹く風の 音さえて
秋草の 虫がすだくぞ
何やらん 心も泣くぞ
泣きあかせ 秋の月夜は
でも、詩人には月がほんとうに白く見えるのでしょうが、詩心のない私には、月は黄色くしか見えないのです。そこで、何冊かの辞書を見てみました。
白月とは、別に白い月をさすのではなく、「明るく輝く月。明月」のことと大辞泉、「光の明るい月。明月」と『日本国語大辞典』にはあります。
古くは、『文華秀麗集』(818)上・和坂領客対月思卿見贈之作〈王孝廉〉に「寂寂朱明夜、団団白月輪」とあり、『新撰朗詠集』(12C前半)上・十五夜「老いて香山に住むに初めて到る夜、秋白月の正に円かなる時に逢へり〈白居易〉」、さらに『本朝無題詩』(1162~64頃)三・山寺対月〈輔仁親王〉「閑望白月倚欄干、古寺蕭条景趣寒」と出てき、また、杜甫の『謁文公上方詩』に「大珠脱翳、白月当空虚」とあるそうです。
近代では、北原白秋の『邪宗門』(909)外光と印象・序〈木下杢太郎〉に「白月の賦など口荒みつつ過ぎゆくは誰が家の子ぞや」です。いずれも晴れ渡った冬の夜空に凛として輝く満月のさまを、白月という言葉で描ききっているように思えます。
ところで、恥を忍んでわが浅学菲才をさらしますが、私は数年間、ラオスの国旗の中央の円を、太陽だとばかり思い込んでいました。先入観とは、げに恐ろしきもの。月に「白」を感じなかったための早とちりでした。ラオス国旗の白はメコンに昇る満月なのです。
2010年10月23日(土)、メコン川のラオス川べりで、金井めぐみさんがそのメコンに照り輝く月を撮影してくれたのです。月光の下の陸地はタイ領のノンカイです。
日本にも京都をはじめ、各地に渡月橋や観月橋がありますが、ラオスにもその国旗のような光景を臨み得る橋がいくつかあります。首都ビエンチャンはメコン川のほとりにあり、この大河がタイとの国境を形成しています。川には日本がODAで架けた鉄橋もあり、その橋はラオスの紙幣にまで描かれています。そこから眺める満月は「(たぶん)絶景かな、絶景かな」なのです。
ちなみに、わが家のベランダからとはまさに月とスッポン、比較になりません。ですから、何度かラオスに行くたびに実見し、写真を撮ろうとしたのですが、あいにく満月でなかったり曇り空だったりで一度も果たしていないのです。
この写真は、青年海外協力隊の隊員としてラオス外務省で、なんと英語を教えている金井めぐみさんが2年間の滞在中、ようやく果たしてくれた傑作です。金井さんは私の日赤中央女子短大時代の教え子のお嬢さん。金井隊員ももしかして、なんどか失敗した上での執念のシャッターだったのかも(は余計な一言?)。
お願いして1年以上たって覚えていてくださり、約束を果たしてくれたのでした。ありがとう!
ビエンチャンからメールにはこう書いていました。
大変ご無沙汰しております。お元気ですか?
先日は雨安居の最終日(ラオスではオークパンサーと呼びますね)でした。
ナムグム・ダムの周辺で、幻の「龍の火玉」が見られるということで行ってきましたが、
残念ながら、それらしきものは見られませんでした…。代わりといっては何ですが、だいぶ前にお約束をしていた、「満月」の写真、今回はなかなかちゃんと撮れたと思いますので、お送りします。
お気に召されるかわかりませんが。ヤシの木の入った構図が最高とか、おっしゃっていましたが、残念ながらそれは入れることができませんでした。
オークパンサーの日に撮ったということで、多少の質の悪さは多めに見てやってください。
それでは、また次回は協力隊の活動のことでも報告させていただきます。
日本も寒くなってきたと思いますが、お体にお気をつけてお過ごしください。
(2010年10月26日)
日本人もラオスの人もやはり月には心が動くのでしょうね。それでも、詩心なき私にはいっこうに月は白くは見えないのですが・・・嗚呼。
次の満月は3月8日、あなたもメコンに浮かぶ月に思いを馳せて眺めてみてはいかがでしょう。