北極点の海底に立てられたロシア国旗


資源探査と国威発揚のため北極点の海底に立てられたチタン製のロシア国旗

北極海の底には、石油、天然ガス、金、ニッケルなどの資源が眠るとみられ、中でも、ロシア、カナダ、デンマークが自国大陸棚と主張する全長約1800キロの海底山脈・ロモノソフ海嶺が「宝の山」として注目されてきました。

2007年8月2日午後(モスクワ時間)6人の乗組員を乗せたロシアの潜水艇ミール1号と2号が、その海嶺が通る北極点の深さ約4300メートルの海底に到達し、ロシアの国旗を立てました。海底に埋蔵されているとされる石油・ガス、金、ニッケルなど地下資源の所有権獲得と国威発揚を狙っての行為とみられます。

ラブロフ外相は同日「我々の大陸棚が北極海海底まで続いていることが証明された」と発言、プーチン大統領(当時)も乗組員に直接電話をかけてその功績を讃えました。ロシア北岸から北極点に至る海底に眠る石油・天然ガス資源への開発権を主張することが狙いと見られています。資源獲得競争が北極にも舞台を広げることになりました。

海底では、ロボットアームでサビに強いチタン製のロシア国旗を海底に立て、また、研究用の土砂などを採取しました。北極点付近の海底に有人潜水艇が到達するのは、世界初。

探査を指揮してミール1号に乗り組んだ海洋学者で下院副議長のチリンガロフ氏(67)は帰還後「100年、千年を経ても、海底に行けばロシア国旗が見られるだろう」と述べました。

北極海では、ロシアのほか米国、カナダ、ノルウェー、デンマークが自国の沿岸から200カイリを排他的経済水域(EEZ)として天然資源の開発権を持っています。しかしロシアは、200カイリを超えて北極点近くまで、国連海洋法条約で資源の開発権を主張できる大陸棚が広がっていると主張。今回の探査は、その立場を強化する狙いがあるものと思われます。

地球温暖化への対応は人類が挙げて取り組むべき課題とされていますが、ロシアには思わぬチャンスをもたらしてもいます。夏期、北極海で氷が解ける海域が広がった結果、ある程度砕氷船を使えば、アジアと欧州を結ぶ最短航路が誕生しそうなのです。現在のスエズ運河ルートでは欧州と日本間の所要日数は20日余り。それが、3分の2程度となるのです。

北緯68度、北極海に面するロシアのムルマンスク港がにわかに脚光を浴びています。ここを拠点とする原子力砕氷船もまた重要な役割を果たしつつあるのです。原子炉2基のパワーと鋭利な艦首で厚さ2メートルもの氷を砕き、大型タンカーや貨物船を先導する北極海航路の主役だからです。しかも、ひとたび核燃料を積めば5~6年航行できるし、ロシア以外にはそういう原子力を動力とする強力な船舶がないのです。

ロシアは現在、こうした原子力砕氷船6隻を保有していますが、今後10年間でさらに改良された原子力砕氷船3隻を新規投入する計画で、これは「国家重要プロジェクト」に指定されています。

安全保障面でも北極海は注目されています。08年,ロシアは爆撃機による北極海での警戒飛行を始めました。さらに今後3年間に、北極圏用装備を持つ2個旅団を新設する計画があります。プーチン首相は昨年、「北極における利益は断固として守る」と宣言しています。

他方、カナダ軍は今年2月、北極圏で最大規模となる約2週間の演習を実施、アフガニスタンで北大西洋条約機構(NATO)軍が使った装甲車の凍土走行試験を行いました。約2週間にわたる演習の眼目は、「氷上の敵陣攻撃」というものでした。北極海の分厚い氷の下には、米露などの潜水艦群も潜んでいるのです。

ロシア国旗が北極点に立てられる4、5年前だったと思いますが、ムルマンスクからこの方式でコンテナ船が北方領土の国後島・古釜布(ふるかまっぷ、ロシア名=ユジノクリリスク)に小さなビール工場を運んできました。

ソ連時代からロシアのビールは不味い上、酒飲みはみなウォツカ嗜好ですから、人口6千人ほどの国後島で、この事業はうまく行くはずがありません。実際、国後島で私もそのビールを飲んでみましたが、「伝統的ロシアのビール」以上のものではありませんでした。そのせいもあったでしょうか、このビール工場は2、3年稼働しただけで機能不全になりました。日本ではほとんど報道されませんでしたが、この航路での運搬については北方領土返還運動や海洋研究の関係者にはかなり注目されました。

その後はこうした経済的に採算性のないデモンストレーションは見られませんが、地球の温暖化が進行する中で、どうなって行くかは注目すべきでしょう。

また、1990年代後半には日本財団が中心になり、日本、ノルウェー、ロシアの専門家がこの航路の可能性について海洋、船舶、通商などの専門家が共同研究をし、その将来的な可能性について提言しています。

2011年の夏期(6~11月)、この北極航路を通ったのは34隻で、前年の4隻から激増したそうです。貨物の約8割はエネルギー資源で、中国などに輸出されましたが、今年はノルウェーから日本に液化天然ガス(LNG)が運ばれる見通しです。

北極点にロシアの国旗が立てられた日に、カナダのマッケイ外相は、「15世紀ではないのだから、世界のどこかに行って旗を立てただけで『我々のものだ』ということはできない」と、警戒感を表明しましたが、これからも北極圏を巡る航海、通商、安全保障に関わる凌ぎ合いは続くのではないでしょうか。

この記事を書くに当たり、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、ロシア側提供のデータなどを参照しました。

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