「龍の国」は「幸せの国」


2006年に就任したジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク第五代ブータン国王。
2011年の来日時には日本人に「幸福」とは何かを考えさせた。

ブータンの国旗

東京・上野の国立博物館で「ボストン美術展」が開かれています。その“目玉”の1つが曽我蕭白の雲龍図。江戸中期の宝暦13(1763)年、蕭白34歳の時の作です。8枚から成る襖絵ですが、既にボストン美術館開館時に襖からは剥がされていた状態だったのだそうです。


上の襖絵の中心部分

清国の龍を描いた国旗が1636年から、辛亥革命の1911年まで「世界に冠たる国」の幻想のもとに、今の中国大陸に翻っていたのです。幻想、そうです、龍もまた昔の“怪獣”なのですが、なんとも強そうで恐く、それでいて、どこか親しみがあると思うのは私だけでしょうか。


清国の国旗

しかし、辛亥革命から100年、21世紀の国旗では龍といえば、まずブータンの国旗です。

そのブータンについて、朝日新聞は5月8日の「1日1食、それでも幸せ」から<「幸せの国」 ブータンの挑戦>と題して、4回にわたるブータン・ルポを連載しました。朝日の女性記者で、私が最も尊敬する大久保真紀編集委員が担当していました。

ブータンは九州とほぼ同じ大きさの国土に約70万の人口。チベット系の人が8割。一人当たりの国民総所得は2020米ドルで、しかも、人口の約4分の1が貧困層といわれています。平均寿命は66歳。「国民総幸福(GNH)」というこれまでになかった尺度を掲げ、物質的、経済的な豊かさだけではなく、仏教文化や伝統的価値観、自然環境などを保持していくというバランスのとれた開発を目指して、今世界から注目されています。

国中全部が禁煙というのもいいですね。私が独裁者になったら、日本中を禁煙にしたいというのが夢なほど、私は禁煙については原理主義ですから。

国連児童基金(UNICEF)によると、この20年でブータンノ乳児死亡率は千人当たり91人から52人に、5歳未満の死亡率は148人から79人に改善したそうです。もっとも、日本はそれぞれ2人と3人ですから、これは世界最高水準として置くとしても、ブータンの乳幼児死亡率はまだまだ高いのです。

問題は栄養不足。ブータンでは5歳未満の子どもの10人に4人が栄養不良。改善に向けて、官民でさまざまな努力をしている様子を、大久保記者が現場でルポしています。

ブータン南部のダガナ県にある標高約1600メートルのジンチェラ小学校。貧しいこの地域では、国連世界食糧計画の支援を受けて学校で朝と昼に給食がある。全校生徒235人が、午前8時から食堂棟で一斉に朝食をとる。

「子どもの1割は家では食事ができていない」とペム・ツェリン校長(34)。「おなかがすいていては勉強に集中できないからね」と給食の大切さを話す。

電気は3カ月前に通ったばかり。8畳ほどの一間の家の入り口に小さな電球がひとつ下がっていた。

ペマさんは東部の出身。牛やヤクを放牧していたが、2002年に政府の政策で約200アールの土地をもらって移住してきた。

夫は家に寄りつかず、たまに戻ってきてはなけなしの金を持っていく。栽培するトウモロコシは食べる分にも満たない。長男が生まれる前は、1日100ヌルタム(1ヌルタム=約1.6円)ほど稼げる道路工事にたびたび出ていたが、今はたまに近所の家事の手伝いに行くぐらい。「食事は1日1回。2回食べることはあまりない。金がなくてお米は買えない」とペマさんは言う。

授業は無料だが、制服代などは自費だ。制服は「キラ」と呼ばれる民族衣装で、1着約500ヌルタム。また、雑費として年に1人155ヌルタムが必要だ。3千ヌルタムを借金して娘たちを学校に通わせている。

「子どもたちをできるだけ学校に行かせたい。私のようにならないために」。ペマさんは学校に行ったことがなく、読み書きができない。

「楽しいことは何もない」と言うペマさんにあえて聞いた。
「あなたは幸せですか?」

「はい」。ペマさんは、そう応じた。「ここには自分の土地がある。いろいろ問題はあるが、それなりに生きている。近くの女性たちとも助け合っているから」。

大久保編集委員の記事はさらに続きます。

ブータンでは、2005年の国勢調査で「あなたは幸福ですか」との質問に、97%が「はい」と答えた。食べるものに困る人も少なくない開発途上国。4月、日本ユニセフ協会の現地視察に同行して、人々の「幸せ」をたどった。

若者の流入が目立つティンプーの人口はこの10年で2倍の10万人に。だが、教育を受けた若者への職の供給が追いついていない。国全体の失業率は約3%だが、都市部の若者の失業率は20%ともいわれ、若者の失業改善は大きな課題だ。

政府はテレビとインターネットを1999年に解禁。礼儀正しく互いを思いやる伝統的な社会もその影響を受ける。ブータン警察によると、ティンプーでの薬物乱用は年400件前後で、8割以上は25歳以下の事件。若者によるけんかや盗みも増えているという。

メディアは若者たちの消費意欲も刺激する。月収2万円程度でも100万円以上する車をローンで購入する人も少なくない。危機感を抱いた首相が4月中旬にテレビで国民に「身の丈にあった消費行動に改めよう」と呼びかけた。

ブータンは「国民総幸福(GNH)」を国是とする。経済的な豊かさだけを求めるのではなく、文化や伝統、自然環境との調和ある開発を目指すものだ。

政府GNH委員会のリンチェン・ワンディ首席計画調整官(40)は「物質的には非常に豊かでも精神的に貧しい国もある。我々は両方のバランスをとりたいのだ」と話す。人口の約4割を占める子どもが重要と、2年前から学校でGNH精神を教える。「足るを知る。それがGNHでもある」

豊かさや便利さを求める人間の欲望と、古き良き価値観を守ることとの折り合いをどうとっていくのか。ブータンの挑戦に、世界からも注目が集まっている。

龍を描いた国旗の国・ブータンからは、2011年11月15日、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王が結婚したばかりのペマ王妃とともに震災後初のわが国の国賓としてお越しくださいました。

お二人は、東京、京都ですごされたほか、東日本大震災の被災地を訪問されました。各地ですがすがしい印象を残され、また、技術革新と物質万能のような日本社会に自分たちの生き方を再考しては如何か、というメッセージを優しく発信して、問いかけてくれました。

「龍の国」からの王様は、優しさこそ「幸福の国」の源泉であることを示したような気がしてなりません。

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