クロワッサン物語② ウィーン包囲戦を耐えて勝利した記念?

もともとクロワッサンには、1683年に隆盛を誇ったオスマントルコ軍の包囲に耐え、これを撤退させたウィーンの人々が、トルコの国旗の三日月になぞらえたパン(クロワッサン)を焼き上げて食し、溜飲を下げたという伝承がある。

東京オリンピックの選手村の食堂の運営でも活躍したことで知られ、また、帝国ホテルの総料理長として名高い村上信夫の『おそうざいフランス料理』にもそう書かれている。しかし、この話はあまりにできすぎており、逆にこれは事実に反するという書もある。

クロワッサンとトルコ国旗』にクロワッサンの由来を扱った縁起譚について詳しく研究している人の記述があるので、ご参照いただきたい。


トルコの国旗

ところで、パンのクロワッサンには、菱形のものと三日月形のものがある。どちらの形状にするかは、使用している油脂で「習慣的」に決まっており、前者はバター、後者はマーガリンだそうだ。幸か不幸か私は知らなかったが、「フランスで一般的に見かけるのは菱形のもので、日本でよく見かける三日月型のものは、フランスではスーパーマーケットなどで販売される安価品の目印」であるとウィキペディアは説明している。

村上の伝承が広まったのは1938年にフランスの誇る知的資産百科事典Larousse Gastronomiqueの初版本を出版したアルフレッド・ゴットシャルクによるところが大きいとか。この本の中ではこの伝承に加え、1686年にオーストリア(神聖ローマ帝国)の盟主ハプスブルク家がハンガリーのブダペストをトルコ軍から奪回した時に作られたのではないかという伝承をも紹介しているという。


我が家のクロワッサンは健康志向か安物かは別として、近所で仕入れたマーガリン入りの三日月型。
星が付いたらこれぞトルコの国旗。

ANA(全日空)ホテルのパン屋さんに並んでいたおそらくは高級品であろうバターで仕上げた角型のクロワッサン。
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