旧ソ連構成国15では、ソ連崩壊後、みなソ連時代とはまるでソ連ともロシアとも違う印象の国旗を採択しました。タディには、ソ連と言う体制が、いかに民意から乖離したものであったか示すように見えました。
ソ連崩壊後、1995年までの国旗
ソ連時代を思わせるようなルカシェンコ大統領の独裁が続くのがベラルーシです。ルカシェンコは1994年以来、憲法を改正して4選を果たし、ロシアに対してもしばしば超然たる態度で時には対抗し、時には距離を縮める巧みな対応をしています。
白ロシアと言っていたベラルーシはソ連崩壊時には、ロシア革命当時の白赤白の横三色旗を採用していましたが、1995年6月7日に国民投票の結果として今の国旗を採択したのでした。これは、ソ連当時の1951年に制定されたウクライナの国旗から鎌と鎚を取り除いたものです。もっとも、白赤白の旧国旗も秘かに反体制運動で使われることがありますが、これはルカシェンコ大統領に盾突く態度ですので、厳罰に処せられています。
赤はベラルーシの歴史に由来する色です。すなわち、ドイツではタンエンベルクの戦いと言っているグルンヴァリトの戦い(1410年7月15日)を戦ったベラルーシ軍の旗が濫觴とされ、また、第二次世界大戦中にナチス・ドイツ軍と激戦を展開した赤軍の赤旗を連想させるものです。緑はベラルーシの明るい未来と深い森林を表しています。装飾文様は、1917年にデザインされたもので、ベラルーシの伝統的な織物を具現した文様です。
旧ソ連構成国でこのベラルーシだけが、こういう国旗であることは、「ルカシェンコ大統領がまるでドンキホーテみたいですね」とソ連科学アカデミーの有力な学者が語っていたのを思い出します。
来たる3月4日にはロシアで大統領選挙が行なわれます。プーチン現首相の復帰による任期6年(再選あり)の新政権は間違いないでしょうが、メドヴェージェフ現大統領とのタンデム(双頭体制)による政権の「たらいまわし」には予想以上の抵抗があり、むしろ名実ともにプーチンの単独政権としての色彩が強まってゆくものと思われます。そして再選を図り12年の長期政権をというのが周辺の人たちの思惑でしょうが、思いがけない支持率の低下と反プーチンのデモの発生が見られています。「アラブの春」のようにはならないまでも、大きな政治的地殻変動が、今、ロシアでは起こっているのではないでしょうか。注意深く見守ってゆく必要がありそうです。
ただ、反プーチンを唱える人たちの間には、指導者がいないし、政治組織も政策もプログラムもなく、まだ十分とはいえない中韓階層がインターネットや携帯電話で緩やかに繋がっていると言うことの限界がありそうです。
そのプーチンは「ユーラシア連合」を唱え、旧ソ連の国々を経済的に再統合する構想を持っています。基盤になるのはロシア、ベラルーシ、カザフスタンの3カ国による関税同盟で、2011年10月にはプーチン首相が音頭をとって旧ソ連構成国8カ国が自由貿易圏条約にも署名しました。さらに、2012年1月からは人、モノ、サービスの動きを自由化して「統一経済圏」に発展させる第一歩を踏み出しました。
だからといって、各国はソ連崩壊後のカオスは困るが、ソ連時代のような主権の統合は真っ平だと言うのがホンネです。ただ、先に述べたような経済的構造上の連携とロシアという巨大な市場の開放は魅力です。連携を強化しようする人たちは2015年までに「連合」を創設し、お互いの経済の発展を図ろうとしています。
ソ連の崩壊は冷戦と言う「第3次世界大戦」における西側の勝利と言いう学者もいます。しかし、ギリシャをはじめいくつかのEU加盟国では深刻な財政危機に見舞われている現在、石油・天然ガスに依存するロシアがEU諸国への支援を検討する立場にもなりました。総合的な経済力をひかくすれば、ユーラシア連合ができても国内総生産(GDP)の規模はEU全体の15%程度ではありますが、資源を基盤としたロシア経済の潜在力は大きいと思われています。
ただ、現状にあっては、資源への依存度が高まり、「ものづくり」が消滅しそうな状況です。武器を除けば、「made in Russiaとして国際市場で通用するものはウオツカとマトリョーシカ(組み込み人形)くらいのものだ」と茶化す西側の専門家もいます。
このままだと、石油に依存する中東諸国のようになりかねないと、「サウジアラビア化」を懸念する声も聞かれます。
また、かつてシベリア以東には830万人くらいの人口があったのですが、今や600万余にまで減ってきています。ロシア政府としてはアジア太平洋へ向っての発展を企図するのですが、中国とは内心、警戒する関係だし、日本とは北方領土問題があり、潜在能力を活用できない状況にあります。
それでも、18年間の交渉の末、2011年には世界貿易機関(WTO)にも入れることになりました。これによって外国製品に対して、強引な禁輸政策や国内企業を守る保護関税をかけることは出来なくなります。市場開放が進み、外国からの投資も増えるということはありましょう。そうした流れは、ソ連崩壊20年にして、世界経済に組み込まれ、国際社会に共通な価値観を受け入れるという「流れ」なのです。ロシアの人たちが頭のどこかに残っている「力への信奉」「大国意識」といったものとこの「流れ」との相克が、まだしばらく続くものと思われます。
ロシアの知識人や中間階層と呼ばれる人たちが、健全な民主主義、法と秩序の尊重、国際協調の重要さを大切な価値観とするようになって、旧ソ連構成国やかつてソ連圏と呼ばれた東欧諸国、さらには西欧や日本との関係も健全化するものと期待されています。