「旗」の付く言葉① – 「一旗組み」


木曽義仲(1154~84)

「一旗組み」という言葉は、思い切って新しいことに取り組んで成功した人を、半ば羨ましげに半ばやっかんで言う言葉でしょうか。『当世商人気質』(饗庭篁村、1886)に「殊によれば北海道にて一旗揚げんと思ふなりといへば」とあるように、往時、多くの人が「狭い日本」から辺地や海外に雄飛した時にこの言葉は用いられたようです。

樺太には数万人の「朝鮮系元日本人」とその子孫が住んでいます。私の友人のCさんご夫妻は、今でも家庭内では日本語で会話しています。「いやぁ、教育は全部日本語でしたから。ここにきて一旗あげようとやってきたんですが、まさかの敗戦。しかも、血統的日本人と違って、われわれ朝鮮半等からの者はスターリンが戦争で喪った労働力の代わりにて強制残留させられたんですよ。日本軍による強制連行? 冗談じゃない。私は夢と希望に満ち、星雲の志を抱いて宗谷海峡を渡って大泊(現コルサコフ)に降り立ったんですよ。私のあのときの膨らんだ胸まで否定して、押しつぶさないでほしい」。

もともと「旗を揚(挙)げる」というのは、「ふるい立って新たな運命をひらく、事業などを起す」(広辞苑)とあるように、挙兵したり新しくことを起こす意味ですね。『平家物語』の「義仲去じ年の秋、宿意を達せんがために、旗を揚げ剣をとって信州を出し日」や『太平記』の「京都にて旗を挙げんと企つる平家の余類供」などの通りです。武士の「一旗組み」だったんですね。木曽義仲が都で旗を揚げ、支配したのはあまりに短かったですが…。

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