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国旗についての物語
国旗のある風景12 – 国旗を着て大統領選に意欲見せるチャベス
チャベス大統領 ベネズエラの国旗 6月11日、ベネズエラの首都カラカスで、チャベス大統領が2時間半に亘って演説し、10月上旬に行われる同国の大統領選挙出馬への意欲を示しました。 この日、同大統領は国旗と同じ図柄のジャージーを着用、選挙カーの上から... -
国旗についての物語
国旗のある風景11 – 沖ノ鳥島と国旗
日本の最南端は、東京都小笠原村沖ノ鳥島です。実際には満水時には高さ60センチほどの一抱えできそうな小さな頂点が数位面から出る程度ですが、国は数百億円をかけてチタン製の防波堤をつくりました、沖ノ鳥島の直近は海水面に近い台地状になっており、そ... -
国旗についての物語
国旗のある風景10 – 尖閣諸島と国旗
2012年6月9日から10日にかけて、沖縄県の尖閣諸島周辺で「頑張れ日本!全国行動委員会」(会長=田母神俊雄元空幕長)が14隻の漁船に分乗して、示威的行活動を実施しました。国会議員ら約120人が乗り込んで、「日の丸」を掲げながら釣りや調査活動を行った... -
国旗についての物語
「ホームレス女性がテントに立てた、一本の星条旗」(柳本卓司著)
アメリカ合衆国の国旗 柳本卓司衆議院議員といっても、失礼ながら、大阪の人は別として、はっきり言ってほとんどの日本人がご存じないのではないでしょうか。そこで、まずは少々プロフィールを紹介しましょう。 1944年、大阪の生まれ。早稲田大学では政経... -
国旗についての物語
窪田空穂が詠んだ「日の丸」の歌②
窪田空穂 窪田空穂の署名もある「熊谷直孝君」出征時の日章旗 窪田空穂の短歌に戻りましょう。まずは、昭和18(1943)年秋の学徒出陣のときの歌です。空穂は早稲田大学から多くの教え子を戦場に送ったのでした。 教室に集い満てるは命ありて にはかに兵と... -
国旗についての物語
窪田空穂が詠んだ「日の丸」の歌①
窪田空穂と家族。 学生服は後に歌人となった章一郎、スーツ姿が茂二郎。 1935年頃の撮影か。 歌人にして早稲田大学文学部教授だった窪田空穂(1877~1967)の短歌を見ながら、「日の丸」について考えてみましょう。この人の戦前、戦中、戦後の歌で、この世... -
国旗についての物語
国旗の「戦争と平和」④
昭和15年11月に出征した兵士に贈られ、元米兵により日本への帰還を果たしたもの。 18年11月1日、海兵隊員としてブ-ゲンビル島に上陸した際、日本軍の壕の中で見つけ米国に持ち帰った。 戦後、大学教授となり日本の新聞社を通じて遺族への返還を希望してい... -
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国旗の「戦争と平和」③
1937(昭和12)年に作られた「皇軍大捷の歌」(福田米三郎詞、堀内敬三曲)は 国を発つ日の万歳に しびれるほどの感激を こめて振ったもこの腕ぞ 今その腕に長城を 越えてはためく日章旗 と、進軍の感激を歌っています。しかし…私たちは今、次の短歌に重... -
国旗についての物語
国旗の「戦争と平和」②
「1937年7月28日、北シナ駐屯日本軍は中国軍に対して総攻撃を開始し、いち早く北京を占領した。写真は、日章旗を掲げ古都・北京の天安門の石段を登っていく日本軍。8月13日には上海で日中両軍が交戦を開始し、一方、日本軍は石家荘、太原を占領し、日中戦... -
国旗についての物語
国旗の「戦争と平和」①
『LIFE AT WAR』より。 「日の丸」は昭和に入ってほどなく暗い歴史を辿りました。いや、旗が悪いのではありません。時代が芳しくない方向に急旋回したのです。 特に、昭和も二桁になると、中国大陸からアジア太平洋へと戦線が拡大していくに従い、「日の丸... -
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「旗」の付く言葉③ – 「朱団子」は赤丸が3~5個並ぶ御城米船
江戸時代には幟に「朱の丸」をいくつか付けた幟が幕府の領地(天領)からの年貢米を大坂や江戸などに運び込む廻船(御城米船)専用の標識でした。庶民はこれを「朱団子」と呼んでいました。要するに、幕府の領地(天領)からの年貢米を大坂や江戸に運び込... -
国旗についての物語
「旗」の付く言葉② – 「幟旗」
水野染工場のHPより 平安末期からその後の武家社会で実際に掲げられた旗は今の国旗のような横長のものではなく、丈が長く幅の狭い布による幟ないし幟旗と言われるものでした。軍容を誇示したり、自軍と敵軍との識別をおこなうために用いたのです。最初は上...