幻のイラク国旗 – イスラエルのイメージでボツに

イラク戦争で米国を中心とする多国籍軍に再び敗れたイラクでは、2004年4月26日、イラク暫定統治評議会がフセイン政権崩壊にともなう新国旗を発表しました。暫定政府の発表によると、これをデザインしたのは著名なイラクの建築家で総合芸術家でもあるリファアト・ジャディーリー氏。30点ほどの候補作品から選ばれたのだそうです。

青い帯はチグリス川とユーフラテス川であり、黄色の帯は、公式な発表はありませんが、クルディスタンの旗が「緑・白・赤の横三色旗に黄色い星」であることから、少数民族のクルド人を表しているとみられています。

ところがこのデザインは、他のイスラム諸国の国旗に共通して使用されている緑・黒・白・赤がなく(白を地色としてはいますが)、青と黄色が主というのは雰囲気がイスラエルの国旗を連想させるとして、猛反発に遭いました。加えて、デザインしたジャディーリーが、暫定統治評議会メンバーであるナスィール・アル=ジャディーリーの弟であることも、政治的に解釈され、身内びいきというクレームがつき、これを正式に採択することは至難となったのです。


クルディスタンの旗

以下、そのあたりの事情は当時の報道をもとにしたウィキペディアの次の説明が興味深いので参考にしながら紹介しましょう。

兄のリファットは弟を弁護する中で、次のように述べた。「弟は、私から電話をうけて、旗をデザインするようにいわれるまで、新しい旗を採択する計画については何も知らなかった」。また「デザインはコンペにかけられるということは、聞かされていなかった」とも述べた。さらに「彼は、1980年代初めから、ロンドンで暮らしているので、現在のイラクの国民感情を捉えることに失敗したようだ。しかし、だからといって、このことを批判するのは、早急すぎよう」とも付け加えた。

2004年4月27日、新しい旗がファルージャで反政府運動家によって燃やされたという報告があった。その日は、国旗としての公式な採択が予定されていた前日であった。翌、4月28日、マスウード・バルザーニ統治評議会議長は「旗の修正版では、4月26日に報道で発表された非常に明るい青い影が、暗い色調に変更された」との公式見解を示した。しかし、その変更がなされた理由が、元のデザインに対して抗議されたことによるのか、または、評議会によって要求されたためなのか、それとも、初期のニュース報道における印刷誤差が修正されたことによるのかは、明らかにされなかった。

彼はまた、この旗は、最終的な旗が採用されるまでの一時的なデザインであり、数か月間使用されるということも説明した。

結局、この旗は2004年6月28日のイラク暫定政権への主権移譲式典の会場に揚がることはなかった。多くの反発にさらされた白と青の国旗案は放棄され、式典会場には1991年制定の国旗を若干変更した暫定的な国旗が掲揚された。

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