2014年3月– date –
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国旗についての物語
「日の丸」の掲揚はほどなく自由となったが
1949年1月1日、連合軍最高司令官マッカーサー元帥は、「国旗の無制限掲揚許可に関する総司令部覚え書き」を発し、これによって、日本国民はいつでも自由に「日の丸」を掲げ、使用することが出来るようになった。しかし、国民の反応は、このときまでに愛国... -
国旗についての物語
国旗国歌法以前の国旗に関する法令
1999年8月13日施行の「国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)制定までの間、「日の丸」に反対を表明する人たちが一大勢力として存在していた。日本教職員組合、日本社会党、日本共産党、朝日新聞などは、「日の丸」の国旗としての法的正当性に異を唱え、... -
国旗についての物語
戦後の「日の丸」掲揚禁止と代用の旗について②
敗戦直後の9月16日、米太平洋艦隊連絡団覚書が日本側に通達された。これは、日本船籍を示す商船旗としては常に、国際信号旗のE旗の先端を三角形に切り取った旗を使用するようにという内容であった。これでは遠くから見たら、フィリピン、さらにはハイチや... -
国旗についての物語
戦後の「日の丸」掲揚禁止と代用の旗について①
第2次世界大戦に敗れた日本は、ダグラス・マッカーサー元帥を頂点とする連合国軍総司令部(GHQ)の支配下にはいった。 この日本商船管理局の旗が占領下のわが国の船舶には「日の丸」に変わって掲げられた。 フィリピンの国旗としばしば間違われたに違いな... -
国旗についての物語
占領期の北朝鮮国旗の掲揚運動<Ⅴ>
孫 文圭朝鮮大学校教授の講演録、最終回である。 北朝鮮の国旗 国旗掲揚事件の犠牲者への救援活動 禁止命令の不当な適用に対して直ちに幅の広い抗議運動が生まれました。国旗禁止命令が出された翌日の10月9日にすでに、朝連中央の代表が対日理事会の各国代... -
国旗についての物語
占領期の北朝鮮国旗の掲揚運動<Ⅳ>
孫 文圭朝鮮大学校教授の講演録を続ける。 北朝鮮の国旗 各地の国旗掲揚闘争とそのヴァリエイション 最後に、各地の闘争について簡単に触れておきたいのです。 マッカーサーの厳しい禁止命令のもとでも、在日同胞たちは国旗掲揚闘争を引き続き展開していき... -
国旗についての物語
占領期の北朝鮮国旗の掲揚運動<Ⅲ>
孫 文圭朝鮮大学校教授の講演録を続ける。 北朝鮮の国旗 禁止命令の違法性 禁止命令が実行されるなかで、たくさんの問題点が提起されています。例えば、京都米軍政部より命令を受けた現地の日本関係者は、これは法的に疑わしいという反応を示したのです。... -
国旗についての物語
占領期の北朝鮮国旗の掲揚運動<Ⅱ>
孫 文圭朝鮮大学校教授の講演録を続ける。 北朝鮮の国旗 慶祝代表団の派遣 次に、こうした慶祝運動のなかでもう1つ大きな特徴が、共和国創建慶祝代表団をピョンヤンへ送る運動も盛り上がっていきました。これは136回中央常任委員会の「慶祝代表団を祖国に... -
国旗についての物語
占領期の北朝鮮国旗の掲揚運動<Ⅰ>
ネットで北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国旗について調べていたところ、戦後すぐ(建国直後)の北朝鮮旗の扱いについて、他では聞けない講演の記録がありましたので、そのほとんど全文を転載させていただき、学術研究の用に供したいと思います。いつ... -
国旗についての物語
国旗とあいさつを熱心に学習 – 相馬市立中村2小
社会福祉法人さぽうと21の理事長として、先日、南相馬市、相馬市、飯舘村、福島市を、バイオリニストの天満敦子さん、ピアニストの吉武雅子さんらと周りました。 その中で訪れた相馬市立中村第2小学校、熱心に国際理解教育に努めているのに感心しました。... -
国旗についての物語
モンゴル出身3横綱の時代来るか
もしかして来場所は…。モンゴルの国旗。 ソ連邦崩壊直後の1992年2月、それまでの国旗から左上にあった黄色い星(社会主義国のシンボル)を取った。 ここ数日の大相撲がめちゃ面白い。いつもながらの稀勢の里の「いざというとき」のだらしなさに引き換え、... -
国旗についての物語
美しきかな、法務省の「日の丸」
確かに以前に比べ日常生活で「日の丸」はあまり見られなくなったが、非日常での「日の丸」はむしろ頻繁に見られるようになったように思う。オリンピックやパラリンピックの開閉会式や競技場、スポーツの国際試合での「日の丸」のフェイス・ペインティング...