2012年5月– date –
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国旗についての物語
最北の地での「日章旗」 – 占守島に「日の丸」が立つまで③
1893(明治26)年3月20日、隅田川を出航する送迎セレモニーを描いた錦絵(画・梅堂国政) 56歳の片岡侍従らによる日本の最北端への渡航は、当時の青壮年に大きな影響を与えました。とりわけ有名なのは郡司成忠(1860~1924 文豪・幸田露伴の実兄)をリー... -
国旗についての物語
最北の地での「日章旗」 – 占守島に「日の丸」が立つまで②
1855年の日魯通好条約で、樺太は雑居地とされ、日露両国人が混住していましたが、日本側は漁民たちがいくつかの小さな集落を形成していた程度であったのに対し、ロシア側は盛んに進出しました。政治犯や一般犯罪人をも送り込みました。これらの人たちは極... -
国旗についての物語
最北の地での「日章旗」 – 占守島に「日の丸」が立つまで①
川路聖謨 プチャーチン 1855年2月7日の日魯通好条約で、日露両国は初めて国境を定めました。この交渉は最終的に幕府の海岸防禦御用掛(としあきら、1801~68)とエフィム・プチャーチン提督(1803~83)による協議で決着し、ロシアはアメリカに次いで日本... -
国旗についての物語
フランスとイタリアで3つの三色旗
三等分の「三色旗」 30:33:37の「三色旗」 フランス国旗「三色旗(tricoloreトリコロール)」は近世史上、世界で最も人気のある旗かも知れません。私の記憶では外国の料理を専門とする日本のレストランが最初に国旗を掲げるようになったのは、フランス料理... -
国旗についての物語
船舶の国旗掲揚義務
逃走する「不審船」を高速追尾する巡視船「いなさ」(海上保安庁のHPより) 横浜の大学生Nさん(法学部2年生)から、「不審船」と国旗の掲揚についての基本的な原則を教えてほしいという質問をいただきました。簡単に説明しましょう。 国際法は旗国主義 pr... -
国旗についての物語
月の物語
メコンに浮かぶ満月を描いたラオスの国旗 太平洋に映えるパラオの国旗 月が部屋を覗く 私の心を覗く それがお前かい それで良いのかい 質問責めだ 答えに窮して 頭をあげれば 月は素知らぬ顔 答えは我が内にある これは2012年3月6日付産経新聞題字脇に掲載... -
国旗についての物語
国旗の勉強は「お得」ですよ
小学校4年のとき、北欧の国旗はどうしてみな同じような十字型の国旗なのだろう、と気づき、考えこんでしまいました。その後60年の国旗の勉強は、このように、子供時代でも入り易いのですが、卒業はなく、大人にとっての永遠の総合学習なのです。 アイスラ... -
国旗についての物語
オリンピックを五輪と訳した人
オリンピック旗 (財)オリンピック東京大会組織委員会で専門職員として国旗を担当していた筆者のことを、1964(昭和)年の正月に、読売新聞は「こんな若者が五輪を支えている」と2日続けて、大きな記事で紹介しました。のちに大記者・ジャーナリスとして... -
国旗についての物語
国旗の料理はいかが? (やまもと俊子氏 週刊文春 2012年04月12日)
イタリアの国旗 バチカンの国旗 こういうデザートの飾りにもいいでしょうね。 「日の丸弁当」オリジナル 戦時中はこれだけでも「銀しゃり(白米の飯)」として、もてはやされました。 「日の丸弁当」デラックス平成版 -
国旗についての物語
国旗はファッション – 「無用なナショナリズム」は古い
ロンドン五輪まで100日を切りました。 東京五輪の直前の夏を思い出します。10月10日が開会式と決まっているのですが、今の代々木の国立室内競技場はまだまだ建設途上で、組織委の建設部と各地に立つ国旗の掲揚塔の打ち合わせのたびに、「これでほんとに間... -
国旗についての物語
小さな「日の丸」では元気が出ない
今、バスや電車の中吊り広告でよく見られるポスター。 「日の丸」の白地の周囲を黄色で枠取りしているため、赤い丸が一層貧弱で、 選手までが、ひ弱に見えます。 これでは試験に元気が出ません。 枠が黒でもやはり赤い丸が小さいので貧弱なのです。 国旗国... -
国旗についての物語
東京オリンピック国旗秘話③
森西栄一氏(写真はサハリさん提供) 私が最も尊敬する人物の一人である故・森西栄一が責任を持って果たした仕事の1つが、東京オリンピックの「聖火リレー」である。 1961年に、森西たちは聖火リレーの陸路調査を行なった。アテネからシンガポールまで、聖...